しらすおろしや卵かけ納豆が好きだ。
逃げる速度は遅いかゼロだ。
卵や幼生体には自身反撃力がなく、
生まれてくる意味の半分は他の生き物の栄養分で、
地球生命群にとってとても貴重なものだ。
命の意味は子孫の命をつくって時を流れていくことと、
他の命の栄養となって胃腸空間を流れていくことの二つだ。
つまり命の意味は命のように見える。
流れそのものにも見える。
行きつく先が親不孝かうんこにも見える。
生まれてすぐ頭から食べられるのはかなり痛いことなので、
救助要請として人、ヒナ、子犬子猫は泣く。
或いは鳴く。
悲しくて恐ろしくて泣くのは声に関する限り救助要請なのだろう。
大人になっても救助が期待できる人は泣くが、
鳥や獣はもう泣かない。
日々生きながらえることが既に仕事になっているので泣く暇が無い。
敵に位置を知らせるのに無意味に泣く必要が無い。
異性や仲間に知らせるために鳴きはする。
鳥や獣にも心はあるだろうが、泣く感情はさすがに贅沢すぎる。
必ずや救援ではなく敵が来る。
野生を去った人間に食物連鎖上の敵はもういない。
死んで、もう痛みが無くなってからでさえも、
身内が食べられることを心情として拒否する。
埋めたり焼いたりして食べさせない。
体や炭がバクテリアレベルで食べられるのは目をつむる。
※水葬風葬は除く
食物連鎖から断ち切られた上で命の意味を考えはじめるのだから、
思春期は大変だ。
本来、体は他の動物の生きる糧として唯一の食べ物なのだから、
自分と体が世界に無意味な存在であるなどとんでもない。
無意味な存在どころか、
命にとって切実に必要なものは、他の命と水と光と空気だけだ。
仲間や異性より遥かに大事だ。
三日も生きられないほど痛切に。
命の目的が自分に限らぬ命だとして、
命に意味のある行為を人の枠の外まで拡げれば、
反撃する・逃げる・狩りをする・食べる・休む・恋する
くらいで出尽くすと思うのだが、
逆に人の命に限定することで、
芸術・スポーツ・遊び・哲学・宗教など、却って心豊かに
命に意味をなすと思われるものが列挙されてくる。
ただ、命の連鎖を自分が食べられる方向と切り離してあるので、
根本において自分の命の流れを宇宙と同化できない。
流れが命の本質だと思うが流れていかない。
人間原理の無菌室での命の意味付けとなり、
感傷や感動、感謝による人生の意味にすり替えるしかない。
命ではなく【人生】として、心にとっての意味に限定する。
教員もそこらへんに落としどころを探る感じで昨今の自殺防止に励む。
つもりが超過労働で自身不登校になったりする。
食べられ得る存在だったら生きている間にそんな暇は無いのだが。
恐怖で。
では食べられる側になるのを受け入れるかと言われれば、
死後も含めて体が食べられるのはやりきれない。
市役所に遺言で、食べさせないでくださいとでも書きたいくらいだ。
2017年のアニメ【けものフレンズ】でサーバルキャットに捕まった主人公が
その場で押し倒されて『食べないでください』と懇願していたが、
相手は狩りごっこをしていただけであった。
サーバルキャットは冒険友達となる。
サーバルキャットは『すごーい!』『たのしー!』『なになに?これなに?』
などとずっと言っていた気がする。
みると脳が溶けるとか知能が低下するともいわれていた。
欧米で描く心理ドラマは遡っても少年期~思春期の性をふまえた心情が多く、
日本人は性以前の幼年期まで遡っていくと外国人が驚いてコメントしていた。
【けものフレンズ】は中古DVDで全巻揃えた。
発売と同時にシングルCDも買って、
コードを調べて曲に合わせて練習し、
毎日飽きもせずウクレレで弾いた。
タモリの音楽番組で声優がけものの耳としっぽをつけて
踊りながら歌っていたので、録画して何度も合奏した。
飲み会でも弾いた。
今は全部忘れたのでウクレレも一からやり直しだ。
命の意味ってなんなんでしょうね?(笑)