百鬼園百物語(平凡社)への感想文

7月5日 土曜日

 

一日中エアコンをつけた自室のベッドで

内田百閒の【百鬼園百物語】を読んだ。

末尾にある東 雅夫氏の編集解説にこう書いてあった。

 

『近世このかた、怪談には付きものとなっている「百物語」

 のスタイルで、百鬼園先生の怪異小品集全百篇を編むこと

 にしたのである。 百物語とは、百筋の灯心に明かりを点した

 会場で、参加者が夜を徹して怪談奇聞の数々を披露し、

 一話を語り終えるごとに灯心一筋を消してゆく。

 やがて百話満了となり会場が闇につつまれると、必ずや妖異な

 出来事が出来する……と伝えられる怪談会の謂である。』

 

百物語と呼ばれるオカルト会合の記録で一番古いものは

平安後期の鳥羽天皇の天仁(てんにん)3年 、

西暦1110年 2月 28日から300日間の仏教法会での説話記録らしい。

法隆寺に不完全な形で、一本しか残っていないと云う

【百座法談聞書抄】(ひゃくざほうだんききがきしょう)。

         ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 参照

 

記録はないが、肝試し お通夜 戦国時代の御伽衆 あたりが

このオカルト会合の始まりとの説もある。

きっと今も日本のどこかでやっていると思う。

 

いずれにせよこんな会合には絶対行きたくない。

とは言え私には修学旅行での暗闇の雑魚寝での寝入りばな、

誰か怖い話知ってるひとーと云った記憶もある。

すべてつまらない話だった記憶もある。

自分のも含めて。

しかしこんな会合は本格的過ぎる。

『必ずや妖異な出来事が出来する……』

 

先々週で工事が終わり、残った書類の送信も済んで

先週からは炎天下の中、たいてい一人で資材置き場の草むしりをやっていた。

友人(所長)は次の工事の入札申請で忙しい。

月曜日は熱中症で死ぬかと思った。

昼の宅配弁当を食べに資材置き場から会社に戻る途中コンビニに寄った。

下痢による腹痛のためトイレに。そして冷たい飲み物を買うために。

案の定腹をくだしていたが、トイレの大鏡に写る自身の姿も凄まじい

ものだった。灰色のTシャツは真っ黒で服をきたまま風呂に入ったように

雫が滴っている。脇から横腹にかけての汗がぬるぬるしている。

コンビニの冷気で全身が急速冷凍されていく。早くここを出なくては。

レジのお嬢さんがレシートと釣銭を受け皿にさっと手早く置く姿に、

腰のひけた感じを受けた。

氷のように冷え切った体でやっと暑い外にでて、

そんなにドン引きすることは無いだろうと思って服装を確認したら、

トイレの後のチャックもあいたままだった。

火曜日からはかなり暑さに慣れ、帽子や着替えのシャツなどの準備も整えて

草むしりを続けた。

とは言え、帰ってシャワーを浴びてから酒を飲むと本を読む気にもならなかった。

 

週末の土曜日は炎天下に外出することを控え、

一日中エアコンをつけた自室のベッドで内田百閒の文庫本を読み続けた。

図書館から借りてきた内田百閒と泉鏡花の5cm厚のハードカバーは避けた。

読みながらまどろんで顔に落下した場合失明まである。

 

7月6日 日曜日

 

今日は9時から13時まで炎天下でのテニスだ。

朝の4時頃に起きてしまったので、

ベッドの上で文庫の残りを読み終えた。

面白かった。いろんな意味で。

そんなに怖い話ではなく、夢見の世界を膨らませたような短編集だった。

幻視小説 幻聴小説 といった感じの内容だった。

【東京日記】はその1からその23まである。

その1で雨の日に路面電車?が故障して降りた

日比谷の交差点でお濠の水が塊になって揺れだし、

石垣の隅から牛の胴体より大きな鰻が上がって来る。

文庫本の魅力的な表紙絵にこの鰻も背景の闇の中に描かれているのだが、

明らかに最近の新幹線のなんとか系の形に寄せてある。

内田百閒は鉄道紀行作家の元祖とも云われており、

『目の中に汽車を入れて走らせても痛くない』

とも語ったと云う鉄道オタクであったらしい。

これは単に夢の話なのか。未来の幻視なのか。

と、表紙を描いた中川 学氏は思っている気がする。

 

以前黒澤明の映画で【まあだだよ】という映画があり、

法政大学教授時代の学生たちに終生愛された内田百閒の

映画だったと思うが、あまり印象がない。

今みれば、また違った感想をもつであろうことは確実だが、

あの映画より端的に、明快に、なぜ百閒が学生たちに愛されたのかわかる

短編があった。

四君子

5ページ程の文章なので要約も抜き出しもしたくない。

面白いのだが何か泣きたくなる。

 

編集解説で東 雅夫氏は云う

『あるいはまた、ひと晩で全百話を通読し、バーチャルな百物語気分に

 浸るのも一興であろう(ただし百話満了時にいかなる怪異に遭遇され

 ようとも、編者ならびに編集部は責任を負いません、自己責任にて

 お願いいたします)。』

 

テニスコートで怪異と遭遇することはなかった。

 

編集者の云う百物語より暖かくて狐やタヌキ満載で優しく悲しく

美しい短編集だった。