スピーカーの相方

14歳のころ、47年前に今は亡き父に買ってもらったステレオで

生き残っているのはスピーカーとレコードプレーヤーのみ。

スピーカーは基本壊れにくく、プレーヤーはターンテーブルの回し方がベルト劣化の無いダイレクトドライブ(モーターで直接、軸を回す)方式のため生き残った。

スピーカーの30cmウーファーは周囲のウレタンエッジがボロボロになった時、

白い鹿皮エッジを買ってきて張り替えた。

プレーヤーがレコードに針を落とすオート機能は、壊れたので手動。

 

オーディオブームの最盛期だった1979年の国産スピーカービクターZERO-5と

国産レコードプレーヤーQL-Y3F。

ハイエンドなんてとんでもないエントリークラス。

この二つを鳴らし続けるために取り巻きを買い替えているようなものだ。

今も昔もハイエンド商品に興味はなく、ローエンド商品にこだわりもない。

CDプレイヤーなどは三菱の安物DVDプレイヤーを流用している。

ジャズ喫茶の J B L(海外スピーカー)とかはいい音だなとは思うけれど、

長年鳴らしてきた部屋のスピーカーと交換してあげると言われても断る。

本当はオーディオフアンでもジャズフアンでも無いんだろう。

音と音楽は汲めどもつきぬ面白さを感じるが、

嫌な音でなければ、聴ければいい。

というか ZERO-5 が鳴ればいい。(^^;

 

アンプは長くもつがスピーカーほどではない。

記憶がとんでいなければアンプはオンキョーのシルバーからサンスイの薄型ブラック

ときて日本マランツのブラックからデノンのブラックに至る。

だましだまし使っていた日本マランツの黒アンプから音が出なくなった時、

近くのハードオフに、昔ほしくて仕方なかったヤマハ A-5 というアンプが置いてあったのを思い出した。

ドキドキしながら車を走らせた。

 

ヤマハA-5というアンプは1979年ころのエントリークラスなのだが、

南極の青い空と海と白い氷山をバックに『エバーグリーンの輝き』

だったかの宣伝文句の記憶。。。

南極の方は別の商品の広告だったかもしれないが。。。

スイッチ面は2cm角くらいの正方形で、厚みが数ミリあって、押したくてムズムズするような半透明の薄い立方体。

押すと半透明のスイッチが淡いエメラルドグリーンやオレンジに輝く。

ボディーは溶けて凍ったような艶消しシルバー。

 

ハードオフに走ってみるとヤマハ A-5 はもう無かった。

誰かが買ったんだろう。

同年配だろうか?

若い人かもしれない。

あの物理的なスイッチは物欲を刺激する。

正直、音など出ればいいくらいの狂おしいデザイン。

新品でも中古でも心に響いた時が買い時だったと思うが、

縁がない時には別の縁が生まれているんだろう。

デノンの黒いアンプを12000円で買った。安い。

人生初めての中古オーディオ。

 

アンプの銀色は最初に買ったオンキョーだけで、

サンスイ~日本マランツ~デノンと三代続けて黒い。

自分の中で黒いアンプへの憧れも根深いものがあるんだと思う。

 

現在の黒いデノンは2組のスピーカー端子のAから音が出なかったのでBにつないで聴いていたが左右バランスの調子が悪くなってきた。

中古だしね。(^^;

先日Aに繋ぎ直してボリュームをあげたら回路の詰まりがとれたらしく音が出るようになった。

しかし音が変だったのでネットで調べたら配線のプラス側とマイナス側を逆相でつないでいた。左右で打ち消しあって薄っぺらい音になるらしい。

アンプの裏側を懐中電灯で照らしながらプラスマイナスを繋ぎ変えたら安定した。

調子が戻らなければと人生5代目のアンプを物色しはじめた矢先の復調。

 

今もなおヤマハ A-5 (中古)のネット広告が頻繁に出続けているが(^^;

また黒いアンプが輝いて見えだした。

短い縁というわけでもなさそうだ。

デノン PMA390Ⅱ。

どうか末永くZERO-5をよろ。(^^)

訂正 反省 後ろの正面だあれ?

前のブログでブリオが白いうどんでミクロスーパーは太い春雨と書いた。

どちらもテニスラケットの糸なのだが太さに関して自分の感覚がおかしかった。

どちらも口径1.30mm。

正確にはブリオが【冷や麦】でミクロスーパーは通常の【春雨】だ。

 

昔のラケットは面が小さく、張る糸も1.25mmが多かったので1.30mmは太いイメージが強く、白色に引きずられて【うどん】と書いてしまった。

更に、うどんに引きずられて【太い春雨】と書いてしまった。

正確には普通の【春雨】だ。

 

書く際に、連想ゲームのように電気?がニューロンを渡るたび、

伝言ゲームよろしく徐々にずれていく。

 

幼児のころの自分の絵をみて愕然としたことがある。

太陽から出る太陽光を懐中電灯から出るような台形の記号で描いていた。

そこには幼い解釈と記号のみがあって静かな観察がない。

じっと見もせず、最小の視覚データと拙い想像で『わかった』と言って描く。

これでは【絵画】ではなく記号化された【図面】だ。

太陽光には指向性がなく放射だと伝えたら今度は空を黄色で埋めかねない。

(^^;

 

幼い自分に、『描く前によく周りを観ろ』と伝えたいが、

今も変わっていないのではないかと怖くなった。

幼児が振り向いて言う。

『お前もな』

懐かしい糸

少し前のお盆休みに最近使っているらくちんラケットの糸にほつれが見えた。

自分の狂った時間感覚では最新ラケットなのだが2001年発売、25年前の

ウイルソン トライアド ハンマー 3.0 115 SQIN with ROLLERS

 

シャフトにパーツとして防振ゴムがびっちりはさみこまれている上に

糸の折り返しがローラーになって回ることで振動吸収するという

違法すれすれの115インチ面をもつ超デカラケ。

厚さが3センチもある厚ラケだが先端にいくと細くなって2.5センチ。

でかくて厚い上に普通より1センチくらい長い。

それでいて260グラムの軽さ。

どう打とうが肘が痛くなることはない優しいラケット。

どう打とうが空振りができない易しいラケット。

グリップエンドに40グラムのおもりを貼って上からテープをまいているので

20グラムの糸を張ってはかりに載せると320グラム。

一応黄金スペックにしといた。

 

25年前に福利厚生外注会社ベネフィット・ワンのカタログをもらったが

欲しいものがなくてラケットを2本選び、弟にも2本選ばせて4本取り寄せたうちの1本。もう1本のヘッドのインスティンクトはう〇ち色の名器で、これは後に中古で新品同様のものを追加で買って2本ある。糸を張ってある方は時々使う。

弟が選んだのはヘッドのトキ色のラジカルでアガシ選手が使っていたものと、

セレナ ウイリアムス選手が使っていたウイルソンの黄色いラケットだったが、

今は弟がテニスをしなくなったので自分の所有となっている。

 

25年前の購入時にトライアドに張ったバボラのブリオという白いうどんのような糸がほつれてきた。使いだしたのは最近なので25年間使ったわけではない。

お盆休みの最終日に40年以上前から利用しているラケット屋さんに行った。

せっかくなのでトアルソンのイルカのマークのラケットも連れていった。

デルフィーノというラケットでネットで未使用品と新品同様と程度Aの3本を衝動買いしたうちの、程度Aを連れていった。

未使用品と新品同様はなおも鑑賞用のまま。

 

バボラの安めのブリオは細い糸をたばねた構造のうどんで打感が柔らかかったのでブリオを探したが無かった。

品揃えは本当に少なくて、ナイロン ポリエステル 各3種類くらいしかなかった。

羊の腸から作った ナチュラル もなかった。

数十年来ないうちにかなり店がバトミントンよりになったようだ。

お得意様は地元のなんとか高校となんとか中学らしいのが店内のポップで

わかった。なんとか高校となんとか中学バトミントン部20%引きとか。

バボラの知らない糸は糸だけで6000円くらいした。

昔ながらのゴーセンのミクロスーパー1.3mmが工賃込みで3500円だった。

手書きポップの『迷ったらこれ!』は大昔からミクロスーパーの代名詞だ。

ブリオと違い、細い糸の真ん中に太い芯の糸が入っているタイプで、

ブリオがマルチでミクロスーパーはモノという構造だ。

マルチほど柔らかくはないがポリエステルより柔らかい。

ブリオが白いうどんならこちらは透明な太い春雨だ。

白い方がよかったが値段も安いし46年前から使っているしブリオはフランス

だしゴーセンは日本の会社だし安いしでミクロスーパーにした。

感じの良い若い店員さんが明日17時以降には張りあがっていますと言った。

 

お盆明けの会社帰りに寄って張りあがったトライアドとデルフィーノを回収した。

帰りがけに見覚えのあるおじさんがたまたまバックヤードから出てきた。

多分40年位前から知っている店主。

少しおじいさんぽくなっていた。

棚の向こうにいる店主に店を出ながら『ありがとうございましたー』と声をかけた。

20年くらい来ていなかったので向こうは覚えていないだろうが、

『ありがとうございまーす』という声の調子は昔と変わらず若かった。

品揃えがひどかったので次は他の店にしようと思っていたが、

次もここでミクロスーパー工賃込み3500円でいいか。

 

マッケンローの影響でずっと40ポンドくらいで張っていたが今回、縦47ポンド横44ポンドで硬めに張った。50ポンド近辺は高校以来ではなかろうか。

 

先日テニスで使うとかなり硬かった。飛ばない。

まあ時間とともに自然と糸のテンションは落ちてくるだろう。

打ち方もそれなりに変わるだろうし、変わるのも楽しい。

部屋でぽんぽんとテニスボールをリフティングするといい感じ。

ミクロスーパーってこんな感じだよねーって感じ。

ブリオがパコーンと言うのに対してパシャーン。

セロファン紙の薄紙というか紙風船というか。

硬めに張ったミクロスーパーは懐かしい。

懐かしい焼き鳥

週末の仕事を定時であがって帰宅後風呂をすまし、駅前の歯医者に行った。

先週で奥歯の金属部分を除去したので樹脂部分の撤去に入る。

今回麻酔は打たなかった。

こりこりと作業が続く間、上唇を支点として指を押し付けてくるので、

巻き込んだ唇が前歯に当たって内側が切れそう。

血が出るのではないかと思った。

しかし機械であまり削らなかったので全体としては痛くなかった。

時間も値段も半分くらいだった。

当分、毎週末通うことになる。

 

久方ぶりに立ち飲み居酒屋の焼き場に顔を出して、若鳥を7本、

塩でテイクアウトした。

20分後で大丈夫かと訊くので大丈夫と応えて駅前を散策した。

早めに行くともう出来ていた。

1980円に聴こえて2000円渡そうとしたら手を振って980円と言われた。

ぼーっとしていて暗算もしなかった。

老化でめんどくさがりに拍車がかかっている。

 

店主の中国人は以前にくらべて痩せていた。

30年位前に先代の日本人のおじいさんから若い中国人夫婦がひきついだ。

よくおじいさんが椅子に座って焼き方を教えていた。

多分受け継いだ液体かなにかにつけこんで下味をつけていると思う。

塩焼きにしても独特の香ばしい香りと味がついている。

肉のランク?は昔に比べるとぷりぷり100%ではなく、

少しぱさぱさ部分も散見されるが、インフレでは仕方ない。

焼き方は相変わらず素晴らしい。

持ち帰って食べると居間が擬似居酒屋となる。

 

28年前の1998年、世田谷美術館に中国古代文明の三星堆遺跡(さんせいたいいせき)

の展示を見に行った。

長江文明の四川省あたりから出土した異色の文明だ。

等身大の人像群は中央アジア風?の衣装を着て皆同じ顔をしている。

鼻は高いが鼻根は低め、眼は下弦がたっぷりとして大きい釣り目である。

頭の形は短頭で頬骨は低く口元は引いている。

モンゴロイドとコーカソイドの混血のようでもある。

カレー文明の近くのマーボー文明といった感じ。

 

1㎥くらいの大きな一体の頭像は白目から黒目部分がちくわのように飛び出している。

たしか古代文献に、王は目が飛び出していたという記述があったこと

が展示会の説明文にあった気がする。

巨大な頭像は王様なのだろうか。

 

展示会場の天井まで届く金属製の樹が金属の葉を茂らせて展示してあった。

説明文に記載はなかったが、すぐ世界樹だとわかった。

北欧神話で世界樹とされるユグドラシルだ、これは。

 

三星堆遺跡を見た数年後、駅前の居酒屋に焼き鳥のテイクアウトに行った。

前に東南アジア系のおばさんが並んでいて英語で焼き鳥の味付けを訊いていた。

中国人店主が塩と醤油と言っているのだが伝わっていない。

ソルト オア ソイソースとおばさんに言うとと納得して、ソルトと言ったので

店主に塩と伝えた。

自分の番になった時に雑談で手帳に三星堆と書いて、これどういう意味と訊いた。

『三星はわかるんだけどこの堆って何?』

『まんじゅう まんじゅうみたいの』

店主が手つきでこんもりともりあがったさまをつくる。

『まんじゅう?もりあがって土へんだから、丘?』

『そう丘!』

あのころの店主はふっくらしていて奥さんは中国の絶世の美女だった。

久しぶりにいったら奥さんがふっくらしていて店主はやせていた。

お客がテーブル2つの狭い店内に座って飲んでいた。

がらがら引き戸ごしの立ち飲みカウンターにもお客が並んでいた。

いつまでも香ばしいぷりぷりの味を守ってほしい。 

めったに電車は使わなくなったけど、

徒歩で駅前の歯医者に来て、たまには立ち飲みしようかな。

桝酒にコップの熱燗も懐かしい。

 

歩いて帰るのが面倒だが。(^^;

痛みの最中に出口などない

下の一番奥の歯が触れただけで痛くなり、

前歯のみの細心の食事でも折から雷のような激痛が走る。

食欲と【もったいない】に負けてなんとか食べ終えると、

地獄を一周して血まみれで絶望してる感じ。

【おいしい】はもはや不幸そのもの。

釣り針入りのエサでしかない。

 

金曜日の仕事終わりに家の近くの歯医者に行った。

レントゲンを撮ると、

歯の根に膿が溜まって神経を圧迫しているとのこと。

 

数年前に遠くの現場に通っていたころ、

奥歯が二つに裂けて半分ぐらぐらになった。

現場近くの歯医者に昼休みや仕事終わりに通って、

ぐらぐらの歯と神経の半分をとった。

半分残した歯に樹脂の土台と金属を被せた。

今回痛むのはその奥歯だ。

 

とりあえず麻酔を打って口の中での土木作業が始まった。

最近はやりの痛くない系の治療ではない。

麻酔しても痛い。

ガガガと骨ごと揺れることも一度あった。

 

一時間近くの土木工事で金属部分は何とかとれた。

土台の樹脂が固く、一週間後の金曜日にまた今日の続き。

樹脂を破壊して膿を出さないといけないらしい。

長期戦を覚悟するよう言われた。

 

治療後、上の歯か触れないので激痛はなくなったが

じんじんと耐えられないほどの鈍痛が残る。

三日分のロキソニンと抗生物質をくれた。

 

歯医者を出てすぐ目の前の自販機で天然水を買って薬を飲んだ。

数時間で効果が切れると痛みに耐えられず、三日分を二日で飲んだ。

薬を飲み切ったら不思議と鈍痛が消えた。

抗生物質のせいだろうか。

 

それでも微かにじんじんしだすと怖くなって昔行った歯医者にもらった

賞味期限切れのロキソニンを飲んだ。

今朝出勤して現場事務所で話すと所長がぎっくり腰になった時にもらった

賞味期限切れのロキソニンをくれたので飲んだ。

ロキソニンのお世話になった人は恐怖から常にロキソニンを持ち歩いている

んだなあと思った。

私も所長も昔もらったロキソニンの残りを手提げやリュックに持ち歩いていた。

 

残りは1錠。明日にはアマゾンからロキソニンが届く。

届くまでの時間が怖くて会社帰りにドラッグストアに寄ってロキソニンを

探したがなかった。

薬局での口頭試問が無いと売れない薬なのかな?

アマゾンの口頭試問も面倒だったし。

仕方ないので歯痛にも効くと書いてあったメリドンという薬を買った。

明日までのお守り代わりだから何でもよかった。

 

ひとの体調不良や痛みを、大変だねと言うことはあっても、身に染みて

わかるのは自分が痛みに襲われた時だけだ。

辛い人の辛さは、わかるというよりまさに感じているわけだが、

逆に周囲への無条件の敬意や感謝の気持ちが消えて

我ながら愕然とする瞬間があった。

自分(の痛み)のことしか考えていない。

さいてー(^^;

 

ほどんど痛みの兆候もなくなり、お守りも手に入り、明日アマゾンから

ロキソニンもくる。ひと安心。

のど元過ぎればの言葉通り、すでに痛みを痛切に感じられなくなって

きている。

痛みの最中でなければ、痛みなど思い出したくもないので仕方ない。

次回の治療ですぐまた思い出すのだろうが。

 

人から辛い話を聞く時には今回の激痛と鈍痛と

口中土木工事を念頭に置こう。

抽象的な『痛み』ならいざ知らず、

具体的な痛みに出口などないのはよくわかった。

たかが歯一本でも。

すべてが茶色になっていくお盆に思う

長年使ったガラケー廃止に伴い iphone 16e に替えた時、

カバーは青色がいいなと思っていたが既にベージュしかなかった。

明るい茶色も好きだったので問題ない。

使ってみてこの色で良かったと思う。

茶色系は落ち着いていて好きだ。

汚れも目立たないし。

 

買い物や私的な外出ではいつも茶色いナップサック。

軍隊用みたいな茶色い厚手の布地と茶色い革製。

中央下に巨大なラッキーストライクのマークが

茶色い革のレリーフでついている。

軍用は言い過ぎだがまったくほつれない。壊れない。

長く勤めた外国タバコの会社を辞める時にもらった。

景品の余り?

 

昨年の秋にテニスサークルの主催者さんがみんなに

ワークマンのニット帽をプレゼントしてくれた。

親戚がワークマンで働いているらしい。

遅刻して選ぶときに残っていたのが茶色だった。

 

昨夜トランペットケースを一部破壊した。

大学に入った時に貯めていたおこずかいで買ったトランペットの、

付属の黒いハードケースにはパッチン錠が二箇所あって、

一つが開かなくなった。

閉じたハサミを隙間にねじ込んで力ずくで破壊して開けた。

家の中では留め具は一つでもいいが、

外に持ち出すのは中身をぶちまけそうで怖い。

 

そういえば昔、持ち運び用の革製ソフトケースを買ったんだった。

軽いがトランペットがもののはずみで凹みそうで、

外出用にも重いハードケースをそのまま使っていたのだが、

あれをトランペットの外出用にしよう。

 

今朝、自室の物置を探したがみつからない。

捨てる訳がないと底まで掘り起こしたら

一番底にべったりと潰れていた。

引っ張り出して膨らませた。

赤茶色い革製のソフトケース。

 

なぜか普段使いのものがどんどん茶色になっていく。

見渡すと、お気に入りのウクレレのハードケースも革張りの茶色。

自室の壁は木目の茶色で、もこもこした布団も茶色のヒョウ柄。

 

そういえば亡き父が茶色を好きな色だと言っていた。

なぜか茶色が集まり続ける。

笑えはする

ネットでテニスの記事を読んだ。

球を打つ際手首を曲げて固定する、いわゆるコックの話だ。

手のひら側に曲げるのが掌屈 しょうくつ

しょうくつを固定して撃つのが猫のパンチ。

手の甲側に曲げるのが背屈 はいくつ

はいくつを固定して打つのがフォアハンド、フォアボレー、両手バックハンド。

曲げの平面を90°回転して、

小指側に曲げるのが尺屈 しゃっくつ

親指側に曲げるのが撓屈 とうくつ

とうくつを固定して打つのがシングルバックハンド、バックボレー、サーブ、スマッシュ。

 

コックの種類に名前を与えて頭の中を整理するだけでかなりすっきりする。

猫ではないし喧嘩もしないので、使うコックは背屈と撓屈だけだ。

誰でもコックを意識するだけで、どのショットにどのコックを使うかは

普通は間違えない。

 

フォアハンド黒歴史の長い暗黒時代、どんどん薄くなる握りから

強打しようと試行錯誤した中で今でも頭がおかしかったのではと

思うのは、手首の背屈をゼロにし、V字型に撓屈して、

体を通り過ぎた後に打っていたことだ。スライスではなくフラットを!

球を引き付けるにもほどがある。

懐が深いというより既に底が抜けている。

そのころでも底抜けに明るい希望をもっていた。

と共に頭の底も抜けていた。

特殊な打法で薄い握りの感覚を温存しながら

進化させようとしていた35年間だった。

友人と年3回ペースで35年だから105日。

毎日テニスしたとして実質3か月。

この3か月間を無意味とは感じない。

笑えはする。

 

この35年間、仕事も良かったか悪かったかはわからない。

4回転職したがこの35年間を無意味とは感じない。

笑えはする。