罪なきモノたちへ

残りの人生で動けるうちに存分にテニスがしたくて

テニスサークルに入った去年の夏。

その秋ごろに左ふくらはぎを肉離れした。

おととしの夏には所長(高校テニス部の友人)とのテニスで

右ふくらはぎを肉離れしている。

 

砂入り人工芝オムニコートや土のコートでは、

オムニコート用の滑り止めソールじゃないと足、逝っちゃうよ』

 

周りの助言を受けてアマゾンで中国製のオムニコート用シューズを買った。

商品説明でもカスタマーレビューでも1サイズ小さめがおすすめと

されていたので26.0cmを買ったらぎりぎりだった。

 

先々週の土曜日にサークルで4時間、

日曜日には所長と2時間テニスをした。

ぴったり過ぎる靴ときつめのふくらはぎサポーターを履いて。

楽しくてかなり走り回った。

 

左足の親指の中に痛点のようなものが出来た。

その後、痛点が移動してふくらはぎに移動した。

このまま上に上がって来るのかな?と思ったら、痛点は痺れに変わった。

日中は軽い痺れくらいなのだが、就寝時に横になると痛い。

しばらくして眠れるくらいに落ち着くが、朝起きて起き上がると、

痛みと痺れが酷い。

 

先週の火曜日に整形外科を受診して腰と股関節のレントゲンを撮ったが異常なし。

水曜日に循環器系内科を受診して内股のエコーを撮ったが異常なし。

不思議なのだが、なぜふくらはぎと足先を撮らないのだろう?

二日会社を休んで休養にはなった。

 

いざという時に早上がりして通院できるように、

会社近くの整形外科病院に目星をつけて、土曜日に受診しようと

思っていたがめんどくさいので中止し、自分で対処しようと思った。

 

日中は痛みなく歩けるのだが全体に微かな痺れ。

左足の親指の痺れが一番酷く、それが指の根本の肉丘?に広がっている。

足裏に砂の層があるみたい。自家製オムニコート

予想として親指内部に血豆のようなものが出来て、

それがふとももまで伸びる神経を圧迫するも、

破れて血か体液が広がりだした感じがする。

血豆からの拡散を促進してしまおうと思い、長風呂のあと、

マッサージ機で親指と周辺を長時間振動させた。

血流を良くするために湯たんぽを引っ張り出してきて寝た。

寝入りでの痛みは薄らいでいた。

今朝起きてみると起き上がりからしばらく続く激痛が無くなっていた。

長風呂とマッサージを続けてみよう。

 

オムニシューズは前と同じ会社の26.5cmをアマゾンで買い直した。

日本製より少し安めでも¥6999。

足先が4Eの幅広で、履き心地は結構気に入っていたので。

昨日届いて、今朝履いてみた。良い感じ。

白地に青で頼んだのだが紺色だった。

もうすぐ還暦だからこっちの方がいいか。

 

ぴったり過ぎるオムニシューズは更に紐を緩めて、

ゆっくり歩きの外出用にしよう。

テニスの時のふくらはぎサポーターは肉離れへの恐怖から

当初より2タイプ買ったのだが、

きつめのレッグウォーマータイプを当面控えて、

マジックテープによる鎧装着タイプに変えてみよう。

せっかくうちに来てくれたモノたちを出来るだけ活用したい。

年をとって人付き合いも薄れてくると、

モノと会話するようになる。

ボールは友達

読んだことないけど。

ウイルソン トライアド ハンマー 3.0

テニスラケットの糸は靴紐の張り方と全く同じで、

ラケットフレームの穴に交互に通して張るのだが、

横糸のフレームでの折り返しが穴ではなく滑車になっている

珍しいラケットがある。

ラケット面の左右に細長い隙間が空いていて滑車がついている。

球が当たると微妙に滑車が動くことになり、振動吸収する。

 

24年前に発売された、ウイルソンの【トライアド ハンマー 3.0 】

胴体部分にゴムが挟み込まれた三層構造なのでトライアド。

滑車とゴムとがあいまって、とにかく振動が来ない。

打った感じは爽快、快適。

 

おそらく滑車にコストがかかり過ぎて、モデルチェンジの時に滑車は消えた。

 

24年前の2001年。

当時の会社の福利厚生カタログで取り寄せた。

面はデカラケの中でも大きく115平方インチ。

滑車によるトランポリン効果で、はしっこに当たってもちゃんと飛んでいく。

初心者をターゲットにしたウイルソン渾身の、

らくちんデラックスラケットだ。

とても軽い。量って逆算するとフレーム重量266gといったところだ。

軽いので速度と威力は出ない。

快適さと易しさに特化したラケット。

昨年、オートテニスで練習中に肘を痛めてから、

引っ張り出して使い始めたが、

速度と威力が欲しくて本来の300gクラスのラケットに変えつつあった。

 

おもりとしてラケットに張る鉛テープがあったことに気づき、

ラケットの先端方向に4枚張ってみた。

3g×4枚=12g

もともとトンカチのようなバランスのハンマーシステム。

遠心力で最低限の威力をかせぐラケットだったので、

異様にトンカチ度が増した。

サーブを打つとレシーバーが打ち損じる回数が増えた。

トンカチを上に振り上げるのはバランス的に大変なので、

グリップの底近くに鉛テープを貼ってグリップテープを巻いた。

3g×2枚=6g

更に重くなり、どっちつかずのバランスで、

今度はサーブの速度も威力も落ちた。

 

ここで目が醒めた。

大学時代、弟とのテニス中、

サーブでラケットが手から抜け、地面に叩きつけられて

愛用のウッドラケット【マックスプライマッケンロー】を折って以来、

【マックスプライマッケンロー】の幻を追いかけて、

長年にわたり集めたラケットは40本。

振りぬきやすいトップライトバランスと柔らかい打球感を追い求めて…。

トンカチバランスの真逆であるグリップ側に重心を置くラケット達が主体だ。

 

グリップテープを外してグリップエンド辺りに2枚追加。

更にラケットヘッドの4枚も取外してグリップエンドに追加。

グリップエンドにおもりを全部集中させてテープを巻きなおした。

 

グリップエンド合計 3g×8枚=24g

 

かなりグリップエンド方向に重心が振れた。

エンドからのバランスポイント300mmまではいかない。

もとはトンカチなので仕方ない。

通常ラケットより少し長いし。

糸張ってるし。

 

重量を量ると315gだった。

 

居間で振ってみる。 !! この振り抜き、この感覚は…。

【マックスプライマッケンロー】

 

先週は日曜にサークル、月曜祝日に所長とテニスしたのだが、

今週はサークル休み。所長は腰痛。

明日トライアドを持ってオートテニスに行こう。

サークルに入る前の秘密特訓で買った回数券が

かなり余っている。

全ての人への謝罪

先日の日記にて、不快な思いをされた全ての方々に

謹んでお詫び申し上げます。心底から。

 

病院で苦しんでいる患者さんを弟と笑った記事。

世代ごとに一区切りにして解析して弟と会話を楽しんだという記事。

 

いずれも遠くない死後、地獄一直線の所業であります。

地獄に行くのが怖いのではなく、人を傷つける文を一般公開したこと。

恥じて悔いています。

 

たとえ病院や周りの人に奇異と映る反応をしても、

その人の痛みはその人にしかわからない。

そのことを教えてくれたのは、はてなブログに日記を書くきっかけ

ともなった若い友人でした。

 

テニスの最中仲間から、何度も着信あったよと言われましたが、

テニス中であったので相手先も開かず、帰宅後若い友人に折り返しました。

 

病状の訴えというか、正確な感覚的リポートを聞きました。

『毎日午後4時に焼けた釘を目に何本も打ち込まれて引っ搔き回される』

『毎日処刑台にあがる気持ちです。』

 

途中何度か無言を続けた私に

『すみません こんな話したくないですよね。』

『いや 言葉がみつからない。そんな痛みがあると知らなかったし…。』

『頑張れともいえないし、痛みを知らない者が軽く、大変だねとも言えないし。』

結局最後に、またいつでも電話してくださいとしか言えなかった。

 

人の痛みは分からない。それは仕方ない。

しかし痛みで泣くひとを笑う。間違いなく人類最低の男だ。

 

3歳下の弟はもともとあまり人付き合いがなく、

仕事も早々に辞めていたが、42歳の夏に腎不全となり、

一級障碍者となって透析を開始した。

大学時代に友達と麻雀した話くらいしか人付き合いで聞いた話は無い。

 

弟が兄に楽しそうに話すのは、

若くして人工透析となった自分より一世代上の患者に囲まれての

交流の楽しさと、(皆様ありがとうございます。みかんとかもいただきました)

その中で交流は無いものの、とりわけ困ったちゃんとされていた人の観察の話だった。

 

昔から弟は周りの噂話などに敏感で、私は両親が話すその手の話は

全く頭に入ってこないぼーっとした子供であったが、

弟の前ではめったなことを言えないと親が話していたと言うのを、

これまた弟から聞いた。

 

弟が元気な頃、よく二人でテニスに行ったが、

そこで周りのコートで起こっていたことも弟の話で聞いて初めて知った。

おじさんと弟子VS若夫婦の試合が横で展開されており、

おじさんが、夫婦ペアに対し試合中、

『♪わたしのだいじなだんなさま~♪』とかなり昔の流行歌のサビを何度も歌い、

奥さんが下手だと感じたのか、若い弟子に大声で

『奥さんを狙え! 奥さんを!』

と、これも何度も言っていたと家の居間で私に報告した。

正直弟の観察眼に驚いた。

弟はテニスよりそっちが気になって仕方なかったと

つぼに入ったように笑っていた。私も笑った。

 

病院でも弟の持ち帰る話は、自分の体のことより、

周りでみつけた面白い人の話ばかりで、

それを独自理論で、学生運動の世代だよねなどと話していた。

 

ほんの3歳違いでも、同じ公立中学校が弟の世代では荒れており、

お兄ちゃんの世代はのどかだよねーと、世代の違いに敏感だった。

小学生時代の給食でも共通のメニューもあれば話の通じないものもあった。

給食の【ソフト麺】は二人とも評価していた。

 

弟は対人関係が殆ど無かったせいか世代間ギャップのみ通して

世の中を理解し楽しんでいるようでもある。

 

なんの言い訳にもならないが、弟が楽しそうに報告する時に限り、

私も世代間ギャップ史観で応じてしまう。

 

実際にはこれほどざっくりとした、個人を無視した、

ナンセンスなものは無いのに。

あらゆる時代に懸命に生きた人しかこの世にはいないのに。

時代の痛み、病の痛み、

懸命にしか人は生きられないし、生きてきた。

弟も含めて。

人を笑えばバチがあたる

手の甲に時折痛みがあるという弟が一週間検査入院して、

土曜日に帰ってきた。

透析注射を打っている手と反対の手で、

手の中で腫瘍が神経に触れているようだ。

サンプルを摘出したが、悪性か良性かの診断はまだ出ていない。

 

夜に酒を飲んでいたら珍しく弟が居間にきて、

久しぶりに入院した病院内の雰囲気や患者について話してくれた。

通っている透析センターではなく、一般病棟である。

弟は数年前に移転した新築時にも入院していて、

大きく立派な病院であることは変わらないのだが、

新築時に一流レストランかと思われた食事は普通の味に変わっていたそうだ。

昔は患者同士の世間話もそこかしこであったそうだが、

コロナを経てそういう光景もなくなっていたらしい。

首から下が痛い痛いと大騒ぎしていた患者は、

透析の太い針を初めて刺されると沈黙したという。

痛み止め注射の上での透析注射でもかなり痛いらしい。

弟はもう慣れたということだが。

夜間、痛い痛いと騒いでいた別の患者がどのくらい騒ぎ続けるのか

興味をもって聞いていたら、やはり2時間くらいで力尽きて静かになったと

いっていた。

入院中に出会った患者さんの話を面白可笑しく話してくれた。

久しぶりの弟との楽しい会話であったので、

父の世代の戦中派から戦後の団塊世代、その後の我々の世代の特徴などまじえ、

少し迷惑な?患者さん達の振る舞いについて笑いながら二人で考察した。

弟はしらふだったが、私は酒もタバコも進み、かなり泥酔した。

弟が休みに二階に上がったあと、

居間から隣の部屋に入ったところで躓きそのまま正面に転倒した。

膝と鼻と額を負傷して赤くなった。

つらい思いをしている患者さん達の様子を笑ったバチが当たったんだろう。

久しぶりの弟との歓談が楽しかったので、後悔はしていない。

大きな音をたてて転倒したので、

弟が2階からすぐ降りてきて助けにきた。

嬉しかった。

へーきへーき。

呆けを固める

11月16日 日曜日

このところ週末となると雨が降っていたので、

テニスサークルにいくのは久しぶりだ。

前回のテニスで改良したフォアハンドがそこそこ上手くいったのだが、

上手く当たるが、速度が上がらないという致命的な欠点も見つかった。

オープンスタンスから上体をひねり

両手でラグビーパスするイメージだと

指し手の左手とラケットの右手が同期するので、

上体のひねり戻しとラケットスイングの間に

時間差が出来ない。

ひねり戻しの回転力でラケットが始動しないと回転の意味が無い。

 

ラグビーのイメージはさっさと捨てて

ひねり戻しの回転で打っていたら、

あれ これどこかで見たような?

【アニメ鬼滅の刃 無限列車編】 での

【炎の呼吸 玖ノ型 奥義 煉獄】の構えに酷似している。

アニメを見返すと、

敵の鬼のアカザが『一分の隙も無い構え』と感嘆していた。

重心を下げたオープンスタンス。

左肩を入れて上体をねじり背をみせて

後ろに引き込んだ右肩の辺りから刀身が立ち上がっている。

 

日本刀は両手で持つのでこうなるが、

左の指し手を真一文字に横に伸ばすと

テニスのフォアハンドの構え、しかも理想の構えに思える。

 

実際ラケットも、引き込んだ右肩の辺りから立ち上がっていた方が

バックスイングが十分とれることも今日の実戦中に気づいた。

 

還暦目前ともなると物忘れがひどく、

技術の要点をまとめて暗記しておかないとプレー中に忘れ果てている。

前回のテニスではフォアハンドを打つたびに、

ラグビーパス ラグビーパス と念仏のように唱えていた。

 

実際、技術を忘れず、かつ心を燃やすためには、

『炎の呼吸。奥義!』

と叫びつつ球に向かって走り、

『心を燃やせ!限界をこえろ!俺は炎柱 煉獄杏寿郎 玖ノ型。煉獄!』

と大声で技の名を言いながらフォアを打てば良いのだろうが、

還暦目前での中二病発症は痛い。

中二どころかこれでは仮面ライダーごっこにまで遡りかねない。

叫んでいる間に球は通り過ぎてゆく。

周りのコートでテニスしている人たちは笑うだろう。

笑わば笑え。しかし…。

サークルの仲間は恐怖と共感性羞恥により、

即時退会を宣告するだろう。

 

なので、プレー中に忘れないように、

煉獄 煉獄 とだけ唱えながらフォアハンドを打とうと思う。

世間から周回遅れて

日曜日は雨でテニスもできず、

久しぶりにアマプラでアニメを観た。

無限列車編で止まっていた鬼滅の刃の先の

遊郭編と鍛冶の里編を通して観た。

かなり泣いた。

 

アニメ・漫画や小説などの物語は、大して没入せずに解析しつつ

客観的に楽しむくらいだとまだ良いのだが、

完全に没入すると生活に支障が出る。

 

別に見終わったアニメを考え続けているわけではないのだが

かなり生活リズムががたがたになった。

やはり過度の一気見は脳に負担がかかるのだろうか。

 

次の編を一気見する時間は平日に無いし、

一話ずつ観るのも生活リズムの崩れが長引きそうで怖い。

 

最近は全くアニメを観ておらず、

さすがに還暦で、アニメも卒業かなと思っていたし、

日本のアニメ自体ネタ切れで終わるのかなとも感じていたが、

どの時代も各世代トップの才能による作品はやはり、

脳に衝撃を受けざるを得ない。

 

無限列車編のあとお腹いっぱいだと思ったのは見当違いで、

あの時も多分、心を串刺しにされたのだろう。

作者の創造したたった一言のセリフで。

>「心を燃やせ 限界をこえろ」

若鷹軍団ありがとう

先週土曜日に計画した日曜日の目標は殆ど手つかずに終わった。

できたことといえば、トランペットと一緒に入浴しただけだ。

ブログに書いて脳に刻んだはずなのだが。

 

予定を前向きに変更し、日曜日にするはずだった予定を

一週間かけて進めようと思った。

それもできなかった。

仕事から帰宅した後、

日本シリーズのテレビ中継を遅くまで観ていたからである。

 

2013年、地元球団の西武は野手の森友哉山川穂高を上位指名した。

そのころから清原入団以来の野球熱が再燃し、

この二人には本当に楽しませてもらった。

西武はお金持ち球団ではないので、完全体に成長した後、

フリーエージェントで、

森はオリックスへ。

山川はソフトバンクへ行った。

オリックスソフトバンクパリーグで有名なお金持ちなので仕方ない。

部活ではなく仕事だもんね。

 

父は九州出身なので弱いダイエーのころから文句を言いながらも、

ホークスを応援していた。

勝ったあと流れる、若鷹ぐん~だん~♪ の応援歌が好きだった。

いっしょに小声で歌ったりしていた。

思いっきり昭和な歌詞で、さらに言えば軍歌のしっぽが

見え隠れするところに共振でもしたものと思われる。

勤労奉仕の辛さや戦後のなりゆきで大戦や天皇へ辛辣だったが、

もと小国民の血が若鷹軍団の歌で騒いだのだろう。

晩年、図書館から借りてくる本も大戦のころのものと時代小説が多かった。

自分が還暦の年になるとわかる気がする。

若い頃に全身で味わった【時代】という故郷の真相と全体像が知りたくなるのだ。

 

同郷の佐世保出身の城島選手が中心選手になって黄金期がくると、

毎日スカパーで観戦していた。

介護中は西武とソフトバンクと半々に切り替えながら二人で観ていた。

 

昔はパリーグにお客さんが入らず判官びいきもあって私は、

交流戦ではパリーグの勝ち星がセリーグを上回るといいなと思っていた。

ライオンズが負けてもパリーグが勝ち越せばいいやと思っていた。

父にはそういった感情は無いらしく、

交流戦パリーグがホークスを除いて全敗すると、

順位が上がったと言って喜んでいた。

ははは 懐かしい。

なのでソフトバンク阪神に勝って日本一になるのを観て、

居間で一人天井に向かって一言。

お父さんおめでとう。