若鷹軍団ありがとう

先週土曜日に計画した日曜日の目標は殆ど手つかずに終わった。

できたことといえば、トランペットと一緒に入浴しただけだ。

ブログに書いて脳に刻んだはずなのだが。

 

予定を前向きに変更し、日曜日にするはずだった予定を

一週間かけて進めようと思った。

それもできなかった。

仕事から帰宅した後、

日本シリーズのテレビ中継を遅くまで観ていたからである。

 

2013年、地元球団の西武は野手の森友哉山川穂高を上位指名した。

そのころから清原入団以来の野球熱が再燃し、

この二人には本当に楽しませてもらった。

西武はお金持ち球団ではないので、完全体に成長した後、

フリーエージェントで、

森はオリックスへ。

山川はソフトバンクへ行った。

オリックスソフトバンクパリーグで有名なお金持ちなので仕方ない。

部活ではなく仕事だもんね。

 

父は九州出身なので弱いダイエーのころから文句を言いながらも、

ホークスを応援していた。

勝ったあと流れる、若鷹ぐん~だん~♪ の応援歌が好きだった。

いっしょに小声で歌ったりしていた。

思いっきり昭和な歌詞で、さらに言えば軍歌のしっぽが

見え隠れするところに共振でもしたものと思われる。

勤労奉仕の辛さや戦後のなりゆきで大戦や天皇へ辛辣だったが、

もと小国民の血が若鷹軍団の歌で騒いだのだろう。

晩年、図書館から借りてくる本も大戦のころのものと時代小説が多かった。

自分が還暦の年になるとわかる気がする。

若い頃に全身で味わった【時代】という故郷の真相と全体像が知りたくなるのだ。

 

同郷の佐世保出身の城島選手が中心選手になって黄金期がくると、

毎日スカパーで観戦していた。

介護中は西武とソフトバンクと半々に切り替えながら二人で観ていた。

 

昔はパリーグにお客さんが入らず判官びいきもあって私は、

交流戦ではパリーグの勝ち星がセリーグを上回るといいなと思っていた。

ライオンズが負けてもパリーグが勝ち越せばいいやと思っていた。

父にはそういった感情は無いらしく、

交流戦パリーグがホークスを除いて全敗すると、

順位が上がったと言って喜んでいた。

ははは 懐かしい。

なのでソフトバンク阪神に勝って日本一になるのを観て、

居間で一人天井に向かって一言。

お父さんおめでとう。